San Francesco all'Immacolata, イタリア、カターニアの教会堂
サン・フランチェスコ・アッリンマコラータの石灰岩のファサードは1854年頃に建てられ、16本の付柱と3体の像(パドヴァのアントニオ、無原罪の御宿り、アッシジのフランチェスコ)がある。内部はラテン十字の三廊式バシリカで、6本の柱で仕切られ、白と青の大理石の床が敷かれている。漆喰装飾はジュゼッペ・ジャンフォルマと息子ジョアッキーノによる。
アラゴン王フェデリコ2世の妃エレオノーラ・ダンジョーは、エトナ山の噴火を免れた感謝の奉納として1329年にカターニア初のフランチェスコ会教会をここに創建し、1343年にここに埋葬された。1693年のヴァル・ディ・ノート地震で建物は破壊され、17世紀に再建された。交差部には女王を記念するプレートと現代の墓がある。
1655年8月2日、シチリア副王ロデリゴ・メンドーサ・イ・ロハスは、カターニアのマルコ・アントニオ・グッシオ司教を含むシチリアの司教たちに、無原罪懐胎への厳粛な誓いを立てるよう促した。教会はミケーレ・オルランド作とされる1745年の無原罪懐胎の巡行像を保管し、煉獄の魂の礼拝堂では無原罪懐胎の奴隷信心会が地下聖堂に埋葬する権利を持っていた。
教会は西向きにサン・フランチェスコ広場に面し、石灰岩の正面に三つの扉があります。溶岩の階段の前には門と、サン・ジュゼッペ・ダ・コペルティーノ、聖アガタ、聖クララ、聖ボナヴェントゥーラの像を載せた四本の柱の手すりがあります。北側の小塔が鐘楼になっています。
北側の小塔は鐘楼として機能し、数世紀にわたって市内の礼拝を告げてきた3つの青銅の鐘を備えています。その上には方角を示す鉄の風見鶏があります。