Nostra Signora Porta Paradisi, イタリア、アスティにある新古典主義の教会
ノストラ・シニョーラ・ポルタ・パラディジはロマネスク・ビザンチン様式の聖堂で、1902年から技師ジュゼッペ・グアランディの指揮で建設され、1912年に奉献された。三つの身廊、ラテン十字平面で聖歌隊と同じ大きさの二つの大礼拝堂、幅35.25メートルの翼廊、床から41メートルに達するドームを持ち、その上には高さ4.5メートルの小塔と、ボローニャのミラーニ作の高さ3メートルの聖母像が載る。旧教会の小さな司祭室は後陣に接続されている。
サン・マルコ門の聖母子フレスコ画(ガンドルフィーノ・ダ・ロレート作とされる)への崇敬は中世にさかのぼる。1689年、アスティ市は門を囲む小礼拝堂を計画し、カルメル会の反対と10月20日の画像損傷を経て、礼拝堂は1690年春に完成した。聖堂は1693年に拡張され、現在の教会は1902年から技師ジュゼッペ・グアランディの指揮で建設され、1912年に奉献された。
「ポルタ・パラディシ」の名は、サン・マルコ門の上に描かれた聖母像のラテン語の称号に由来し、17世紀には巡礼者が木製のバルコンから像に近づいた。フレスコ画はガンドルフィーノ・ダ・ロレートに帰され、聖マルコと聖セコンドの間の聖母子を描く。2002年にはマルコ・アルによるアスティの聖人たちのモザイクと彫像がファサードに加えられた。
裏手の通りから、かつてのポルタ・サン・マルコを通っていた旧道の跡をたどる広い階段があり、エッケ・ホモの像と伝説の壁に埋め込まれた石の横を通り、ルルドの洞窟の複製がある公園に至ります。1930年に造られた地下祭室は冬季の典礼に使われています。
教会裏手の階段状の小道で、「エッケ・ホモ」の奉納像と向かい合う壁に粗い石が埋め込まれている。伝説では、冒涜者がこの石を聖像に投げつけたが、像が跳ね返して今ある場所に突き刺さったという。