Palazzo Contarini Polignac, ヴェネツィア、ドルソドゥーロ地区のルネサンス様式の宮殿
パラッツォ・コンタリーニ・ポリニャックは、ドルソドゥーロの大運河沿い、パラッツォ・ブランドリン・ロータとパラッツォ・バルビ・ヴァリエルの間にある3階建てのルネサンス様式の宮殿です。ファサードは磨かれた多色大理石で覆われ、2つの主階はそれぞれ中央の円弧アーチの五連窓と両側の単窓で構成され、地上階には6つの円弧アーチ開口部と中央の水門があります。左側には三連窓と、運河に面した庭の上の屋根付きテラスがあります。
この宮殿は15世紀後半にさかのぼり、ヴェネツィアで最初期のルネサンス建築の一つです。設計者は不明ですが、ジョヴァンニ・ブオーラ、マウロ・コドゥッシ、ピエトロ・ロンバルドの名が挙げられます。コンタリーニ・ダル・ザッフォ家は1562年から1582年にかけて外観を変えずに改修しました。1758年以降はマンゾーニ家、アンガラン家、ポリニャック家へと渡り、1901年にポリニャック公女ウィナレッタ・シンガーが購入しました。現在もドゥカーズ家の私邸で、2004年から2007年に修復されています。
この宮殿の第二の名は、ミシン王アイザック・シンガーの娘ウィナレッタ・シンガーに由来します。彼女は1901年、ポリニャック公妃としてこの宮殿を購入しました。彼女のサロンには芸術家、とりわけ音楽家が集まり、イゴール・ストラヴィンスキーも客の一人でした。内部にはティエポロのフレスコ画が良好な状態で残っています。
宮殿は大運河に直接面しており、ドルソドゥーロ側を通るヴァポレットなどから、水上から見るのが最も良いでしょう。内部へのアクセスは現在のイベントやプログラムによって異なるため、事前に建物が訪問者に開放されているか確認する価値があります。
この名は、パレスチナのヤッファ(ザッフォ)伯の称号を持ったジョルジョ・コンタリーニに由来し、交易商館ではなく称号を伝えています。1908年のクロード・モネの絵画はこの宮殿のファサードを描いており、モネが描いたヴェネツィアの三つの宮殿の一つで、カ・ダリオやダ・ムーラ・モロジーニ宮殿と並びます。