Demidov Square, ロシア・バルナウルの公共広場
デミドフ広場はバルナウルの中央地区にある広場で、ポルズノフ通り、プーシキン通り、赤軍大通りに囲まれています。ロシア古典主義の建築群は1819年から1852年にかけて、建築家A・I・モルチャノフ、Ya・N・ポポフ、L・I・イワノフ、I・N・シュライバーによって建てられました。建物には鉱山学校、鉱山病院、製銀工場の障害者用救護施設と聖ディミトリー・ロストフスキー聖堂が入っていました。中央には高さ14メートルのデミドフ柱が立ち、庭園に囲まれています。
1818年、鉱山長官P・K・フロロフが、池の堤防そばの旧コニュシェンナヤ広場に、アルタイ鉱業100年を記念するオベリスクのための広場を提案した。建築群は1819年から1852年にかけてロシア古典主義様式で造られた。1844年にアキンフィー・デミドフの浮き彫りを施したオベリスクが設置されると、デミドフ広場と呼ばれるようになった。1925年に革命広場と改名され、1992年以降に元の名前に戻った。
この柱は鉱業に従事する労働者をたたえるもので、この労働が街のアイデンティティにとっていかに中心的であったかを示しています。ここでは、ロシアの都市がその労働者階級を祝う珍しい例を見ることができます。
広場は中央区のポルズノフ通り、プーシキン通り、クラスノアルメイスキー大通りの間にあり、バルナウル池左岸の工場ダムの北端に位置します。中央の小さな庭園には高さ14メートルのデミドフ記念柱が立ち、周囲を歩いてアキンフィー・デミドフの浮き彫りを見ることができます。
広場にあるキロメートル標識は、アルタイ地方のすべての道路距離の起点である「キロメートルゼロ」を示しています。このため、この広場は地域全体の地理的な基準点となっています。