Bolkonsky house, ロシア、ヤロスラヴリの歴史的建造物
ボルコンスキー家の館は、メドヴェディツキー峡谷の斜面、アルセナル塔のそば、ヴォルガ河岸通り7番にある18世紀末の2階建て邸宅。1階は粗面石積みで窓の上に扇形の要石が置かれ、高い寄棟屋根にはT字形の屋根窓が切り込む。その両側は上辺が凹んだ曲線の控え壁で挟まれている。
18世紀末に建てられたこの邸宅は、1812年の祖国戦争中に負傷将校の病院として使われ、ニコライ・トゥチコフ中将がそこで傷が元で亡くなったとされる。1990年代に記念建造物は荒廃し、歴史的記述に基づいて修復され、ヴィタリー・ガシン率いる登山家チームが作業に加わった。
この館の名は、トルストイの『戦争と平和』の主人公アンドレイ・ボルコンスキー公爵がヴォルガ川沿いの商人の家で亡くなるという伝説に由来する。トルストイはヤロスラヴリを訪れたことがなく、小説の家は架空だが、その呼び名はこの実在の建物に定着した。
この建物はヴォルシスカヤ河岸通り7番、アルセナル塔のそば、メドヴェディツキー峡谷の斜面に建つ。河岸通りから見え、内部は公開されていない。長年の荒廃ののち1990年代に修復されたため、通りからファサードを眺めることになる。
この家は、『戦争と平和』の主人公アンドレイ・ボルコンスキーがヴォルガ河岸の商人の家で死ぬという伝説で結ばれているが、レフ・トルストイはヤロスラヴリを訪れたことがない。1990年代の修復にはヴィタリー・ガシン率いる登山家の班が参加した。