淀古城, 京都府京都市伏見区にある日本の城
淀城は、京都府京都市伏見区にあった日本の城で、木津川・桂川・宇治川の合流点に位置し、淀川北岸に自然の防御に適した場所を選んで築かれました。水運を戦略上の障壁として利用し、この地域を通る主要な交易路を掌握していました。
この城は、1478年から文献に登場し、山城国の守護の行政の中心として機能しました。その後、移築・解体された他の城郭の建物を取り入れて再建されました。
この城は、豊臣秀吉の側室で後継者秀頼の母である淀殿の生誕地として重要な場所です。彼女とこの地との関わりは今も地域の記憶の一部であり、この場所の捉え方に影響を与え続けています。
妙教寺にある石標が旧城跡を示しており、京阪線淀駅から徒歩約10分で到着できます。現在この場所は、歴史的な遺構が公開された場所ではなく、住宅地と宗教的な空間として使われていることに注意してください。
この城は、他の城郭からの部材の再利用で知られ、後に落雷で焼失した大和郡山城の天守を移築していました。放棄された城郭の防御構造物を移設・再利用する慣行は、この時代の日本では一般的でした。