桃生城, 石巻市にある日本の城跡
桃生城(ものうじょう)は、宮城県石巻市の旧北上川東岸の独立した丘の上にある日本の城跡です。遺跡は、丘の中腹に配置された土塁と長方形の区画で構成されており、瓦葺きの建物の跡が地面に残っています。
この城は、奈良時代の西暦757年に、北の蝦夷の領土に進出する軍事拠点として築かれました。時が経つにつれて、軍事基地から行政の中心地へと変わり、最終的には使われなくなりました。
「桃生」という名前は、この地域の古い郡名に由来しており、それ自体が東北地方のこの地域の長い行政の歴史を反映しています。今日、土塁と平らな段丘は、訪問者が丘の中腹で読み取れる主なものであり、かつて空間がどのように区切られていたかを感じさせます。
この遺跡へは、三陸沿岸道路の桃生豊里インターチェンジから車でのアクセスが最も便利です。丘の中腹の遊歩道は、雨の後は滑りやすくなるため、乾燥した時期の方が歩きやすいです。
遺跡から見つかった瓦には、首都圏の生産拠点と結びつく印が押されており、中央政府が地元で調達するのではなく、直接材料を供給していたことを示しています。これは、この辺境の拠点に中央政府がどれだけ投資していたかを示しています。