呂号第三十四潜水艦, ソロモン諸島の潜水艦の残骸
日本の潜水艦ロ-34は、大日本帝国海軍の中型巡洋潜水艦でした。
呂号第三十四潜水艦は1934年4月25日に三菱神戸造船所で起工、1935年12月12日に進水、1937年5月31日に竣工した。1940年10月11日の紀元二千六百年特別観艦式に参加し、1943年4月5日にラッセル諸島付近で米駆逐艦オバノンの攻撃を受け、富田艦長以下66名全員が戦死した。
艦名の「呂」は中型潜水艦を表す記号に由来する。1934年4月25日に三菱神戸造船所で起工、1935年12月12日に進水した。愛媛県伊予市の軍人墓地には乗員の忠魂碑がある。1939年8月には東京帝国大学の栄養学者が乗艦し、乗員の食事と長期潜航が健康に及ぼす影響を調べるサイパンへの研究航海を行った。
残骸はソロモン諸島ラッセル諸島付近、南緯約8.25度・東経約158.97度の海底にあり、1943年4月5日にい号作戦中、米駆逐艦オバノンの攻撃で沈没した。現場に墓や慰霊碑はなく、愛媛県伊予市の軍人墓地に乗員の忠魂碑がある。
呂号第三十四潜水艦は1943年4月5日、ラッセル諸島付近で米駆逐艦「オバノン」の攻撃を受け沈没し、富田理吉艦長以下66名全員が戦死した。残骸はソロモン海にあり、日本ではない。