Co-Cathedral of the Most Holy Name of Jesus, イスラエルのエルサレム旧市街にあるカトリック大聖堂。
至聖なるイエスの御名共同大聖堂は、ギリシャ十字の平面を持つネオゴシック様式の教会で、長さ28メートル、幅24メートルです。三廊式の内部は幅8.5メートルの身廊と、その上にギャラリーが設けられた幅4.5メートルの側廊からなります。十字の四端にはステンドグラスがあり、身廊、側廊、翼廊に五つの祭壇が置かれています。
1847年、オスマン帝国がカトリック教会の指導部にパレスチナでの新大聖堂建設を許可し、教会はラテン総主教座復興25周年にあたる1872年2月11日に完成・奉献されました。総主教ジュゼッペ・ヴァレルガの意向により総主教座の地に建てられました。建設中、作業者たちはエルサレム旧城壁の堅固な石積みの遺構に遭遇しました。
この大聖堂はエルサレムのラテン系カトリック教徒の主要な礼拝の場であり、ここでミサに参加することは、地元の信者や多くの国からの巡礼者と空間を共有することを意味します。典礼は複数の言語で行われており、これはこの街におけるカトリックの存在の国際的な性格を反映しています。
この教会はラテン総主教庁の建物群の一部で、新門とヤッフォ門のほぼ中間にあり、旧市街の路地を徒歩でたどって着きます。総主教庁の教会として特定の機会に教区の式典が行われるため、礼拝中は入口が閉まっていることがあります。2022年に共同大聖堂から前大聖堂へと名称が変わり、聖墳墓教会に次ぐ位置づけが反映されました。
教会には、バチカンのサンピエトロ大聖堂で崇敬される聖ペトロの青銅像の正確な複製が置かれています。1847年以降のラテン総主教は全員ここに埋葬されていますが、唯一の例外はフィリッポ・カマッセイ枢機卿で、1921年1月18日にローマで死去し、ヴェラーノ墓地の伝道省学院の墓に葬られました。