岩屋城, 大宰府にある山上の城
岩屋城は、大宰府の塩路山の標高約291メートルに築かれた山上の城で、周囲の地形を一望できます。遺跡には、かつて防御施設を形成していた堀や土塁が残っています。
この城は1532年から1554年の間に武将・高橋鑑種によって築かれ、筑前国の大友氏の戦略上の拠点として機能しました。1586年の大規模な攻撃はその防御力を大きく試し、この地域の軍事史における重要な転換点となりました。
城の名前は、山頂近くにある洞窟に由来しており、この地域の伝統において重要な意味を持っています。訪問者は、山頂を探索する際に、この名称の由来となった地形の特徴を今も見ることができます。
遺跡までの登りは、大宰府市民の森の登山口から約15分で、入口近くに駐車場があります。歩道は全体的に標識がはっきりしており、定期的に休憩スポットがあるので、ほとんどの訪問者が利用しやすいです。
1586年の包囲戦は、兵力の極端な差が際立っており、千人未満の守備兵が、その何倍もの侵攻軍に対抗しました。この出来事は今日でも、圧倒的な不利の中で城を守り抜いた人々の決意の証として記憶されています。